先日、エヴァ・メイへのインタビューが寄稿されました。メイは来年2019年1月公演のプラハ国立歌劇場オペラ「フィガロの結婚」では伯爵婦人を演じます。
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成熟した私の、深いけど若い伯爵夫人
モーツァルトゆかりの名門、プラハ国立歌劇場の《フィガロの結婚》。なによりもうれしいのは、エヴァ・メイの伯爵夫人が聴けることだ。いま、まさにソプラノとして円熟の時を迎えたメイの伯爵夫人は、どこまで深く掘り下げられることだろう。公演を1カ月後に控えた彼女に抱負を尋ねた。
取材・文:香原斗志(オペラ評論家)
――メイさんの伯爵夫人が聴けるのはとてもうれしいですが、この役はどんな魅力があるとお考えですか?
メイ(以下M) 伯爵夫人は《フィガロの結婚》のなかで唯一、耐え忍んでいる人物。そこに、彼女の魅力があると思っています。彼女はとても憂愁をたたえたアリアをいくつか歌います。私が思うには、それは悲しみとは違って、憂いなんですよね。彼女は夫であるアルマヴィーヴァ伯爵の愛情を取り戻したいという一心で、スザンナと一緒にいたずらを仕かけます。それは夫を愛していて、報いのない愛を耐え忍んでいるから。そういう意味で、《フィガロの結婚》のなかでも随一の、真実味がある人物です。そこがすごく魅力的ですよね。
――この曲は、かつてはメイさんの十八番の一つだったと思いますが、最近はあまり歌っていないのでしょうか?
M たしかに、伯爵夫人は何度も歌ったことがありますが、今回歌うのはしばらくぶりです。でも、だからこそ興味深いんですよね。最後に歌ってから年か経っているので、私の肉体自体が変化しているし、役へのアプローチも、以前とはおのずと違ってきます。私もデビューしてもう30年近くなるので、いろんなことが変化しています。もちろん声だって変ってきました。私は役に取り組むときはいつも、何度も歌ったことがある役であっても、初めて歌うかのように向き合うようにしていますが、そのとき、いつもなにかしら、自分のなかに以前とは違うところがあることに気づきます。だからこそ、それなりの時を経たうえで役にアプローチしたとき、私が描きだす役が以前より成長しているのを確かめるのは素敵なことだと思っています。
――具体的には、どこがどのように変化してきたとお感じですか?
M 私にとって楽器は私そのもの。声はほかの楽器と違って、私の体から切り離すことができません。そして成長し、成熟し、老いていくにつれ、体のなかにあるものは当然、変化していきます。ですから、年齢を重ねたことで楽器の動きがどう変わるのか、知ることが大切ですが、私にとっては、繰り返しになりますが、この変化こそが興味深いのです。おそらく私の声は以前より重みを増して「リリコ」に近づいています。歌ううえでの基準のようなものが変化を遂げて、それを意識した歌唱を心がける必要があります。それから人間としても、少し成熟してきています。たから、私が歌う伯爵夫人も、以前より成長していると思うのです。
――一方、オペラのなかの伯爵夫人は、まだまだ結構若いですよね。
M そうなんです。なにしろ伯爵夫人はいつも若いスザンナと一緒で、二人でいるととても楽しそうです。そして、二人には理解しあえる共通の言語があって、二人の女性のたくらみによってオペラを動かしていきます。その点はヴェルディの《ファルスタッフ》に少し似ていますね。男性への懲らしめは、いつもこの二人でたくらんでいますものね。ですから伯爵夫人には、憂いと同時に清新さも必要で、この役を歌う歌手は若々しさが表現できなければなりません。プラハ国立歌劇場の《フィガロの結婚》では、若いときとは違った成熟した声と表現で若さにアプローチできるのが、楽しみでなりません。